保育 ICT は「導入」から「活用」の時代へ。園に合った進め方とは?|保育システム研究所・吉田正幸氏

保育現場の ICT 化が進み、国は「保育 DX」の基盤づくりを本格化させています。一方で「システムを入れたのに楽にならない」「職員が使いこなせない」という声も、まだ多く聞かれます。国の議論に早くから関わり、関連会議の多くに携わってきた株式会社保育システム研究所代表の吉田正幸氏に、保育 DX の現在地と、園が ICT 化に取り組むときの考え方を伺いました。
吉田 正幸(よしだ・まさゆき)
株式会社保育システム研究所 代表。
保育 DX は「必要かどうか」ではなく「避けられない」
―吉田さんは早くから保育分野の ICT 化や DX に関わってこられたと伺っています。どのような経緯だったのでしょうか。
最初のきっかけは、経済産業省の調査研究事業として始まった保育現場の ICT 化の検討会です。私はその座長を務めました。これが保育の ICT 化をめぐる国レベルの議論の始まりだと思います。
同時期に経産省では、今こども家庭庁が進める子ども・子育て支援システムの標準化にあたる、自治体手続きの標準化も議論されていました。その後に内閣府で本格化し、こども家庭庁になってから DX が急速に表面化してきました。
こうした会議のほとんどに関わってきたので自然と関心を持つようになりました。DX 化は「必要だ」というよりも否応なしにやってくるものなので、あとはどう活かすかの話だと思っています。
―ここ 1 年ほどで、国の動きや現場の関心にどのような変化を感じていますか。
この 1 年で、こども家庭庁は ICT 関連予算をかなり膨らませています。特に「保育 ICT ラボ事業」は昨年度から全国十数か所で始まり、先端事例のショーケース化と、底上げのための横展開を今年度さらに深めています。
また、ICT の「4 機能(投稿園管理、保護者連絡、計画・記録、キャッシュレス決済)」が揃えば受けられる導入補助金も続いています。現場の関心も当然高まっているでしょう。
何より、この 4 月から「こども誰でも通園制度」が本格実施され、多くの自治体で予約や給付の請求をウェブ上の総合支援システムで行うようになりました。園も対応せざるを得ず、パソコンやタブレットを置いてネットにつなげば自ずと ICT 化に取り組む環境は整っていきます。
―ICT に抵抗感のある園も、この流れとは無関係ではいられないということでしょうか。
必要に迫られればやるしかないですよね。こども誰でも通園制度もそうですし、直接 ICT の話ではありませんが、昨年度から経営情報の見える化も進んでいます。
職員給与や職員配置状況、収支差額などの経営情報を福祉医療機構の「ここ de サーチ」というデータベースに登録しなければならず、適切に報告しない施設は給付が減額調整されます。ほとんどの施設が否応なしに、パソコンやタブレットで経営情報を登録することになります。
さらに保育 DX として「保活ワンストップ※1」と「保育業務ワンスオンリー※2」が今年度に稼働を始め、来年度に本格稼働します。
最初に参加する自治体は それほど多くないでしょうが、あと 2〜3 年で相当数が参加すると思います。特に保育業務ワンスオンリーは、監査や給付といった保育運営に関わるデータのやり取りをすべてペーパーレスで行うので、対応しないと業務が進みません。
なので、無理をしてでもやるしかないでしょうね。
※1 保活ワンストップ:保護者が施設の情報収集、見学予約、入所申請などをオンラインでまとめて行える仕組み。
※2 保育業務ワンスオンリー:給付・監査などで一度提出した情報を再提出せずに済むよう、施設と自治体をつなぐ国の基盤(保育業務施設管理プラットフォーム)を整備する取り組み。
ICT 化が進む園と進まない園の違い
―ICT の活用が進む園と、そうでない園の違いはどこにあると思われますか。
いちばん大きいのは、園長や私立なら法人の理事長といったトップリーダーの意識だと思います。
私の感覚ですが、アレルギーとまではいかなくてもデジタル化に抵抗のある方は、そもそも職員の数だけパソコンを入れようとは思わないんです。費用対効果を考えると今のままアナログでいいと判断される経営者の方も、少なくないと思います。
逆に、経営層が二世・三世に代わり若い方がトップになった園では、もともとデジタルへの意識があるので交代を機に急に進むこともありえます。
また、職員も同じです。ベテランは一般に手書きの方が早いと感じ、「時間も手間もかかるのになぜキーボードでデジタル化しなければいけないのか」と思う。園長がやろうとしても、職員から「あまりやりたくない」と声が出ることもあるでしょう。
そうしたいくつかのパターンは考えられると思います。
省力化は目的ではない。生まれた時間で何をするか
―ICT で事務作業が効率化されれば、その分の時間を保育に充てられるようになりますね。
大事なのは”その時間を何に使うか”です。会議録やベテランを中心に作っていた指導計画など、人の手でやっていた業務を省力化して自分たちがもっと使いたい時間を増やす。省力化そのものが目的ではないんです。
もちろん、残業や持ち帰り仕事をなくし、有給休暇を希望どおり取れることが大前提です。
そのうえでノンコンタクトタイムを生み出し、「このテーマで話し合い、カンファレンスで保育を見つめ直したい」「教材を自分たちで手作りしたい」といったことに使う。
そのために月 10 時間必要なら、どの業務を省力化して 10 時間を生み出すのか。保育の質を高め、自分たちが成長する時間をどう確保するかを起点に、どんなツールを使うかを考える組み立てだと思います。
まず、ICT 化する業務・しない業務の「仕分け」を
―では、実際に ICT 化に取り組むとき、最初に何をすればよいのでしょうか。
まず、ICT 化する業務としない業務の仕分けです。これは文部科学省の調査研究事業の一環としてで幼稚園の伴走支援をした際に、課題を整理してわかったことです。
極端な例ですが、職員が毎月手書きで園だよりを作り、紙で保護者に配っている園があるとします。これをICT化して、フォーマットを作って PDF をメールで送れば、大幅に省力化できて成果も目に見えます。
ただ、手書きの温かみを親に届けたいという園もある。そういう園は無理に園だよりをデジタル化せず、別の何かをデジタル化すればいいんです。
園によって価値観は違います。
何が ICT 化になじんで成果が出そうか、何をあえてアナログで残して人のぬくもりを生かすのか。ICT 化になじまない業務や ICT 化しても面倒なだけで成果が期待できない業務もあります。
いろいろな機能があるからとツールを入れても、たいていうまくいきません。
園だより、月案や週案などの指導計画、会議録といった業務を洗い出し、職員同士で話し合って納得しながら仕分け、なじむものから始める。
手間はかかりますが、その方が後がうまくいきますし、成果が出れば職員も「だったらこれもできるかもね」と変わっていきます。ただ、こうしたアプローチはまだ十分になされていないと思います。
はじめは欲張らず、効果が見えやすいところから
―仕分けをしたうえで、どこから始めるのがよいでしょうか。
欲張らず、園でいちばんやりやすいところからでいいと思いますよ。登降園管理でも、指導計画などの作成支援でも、キャッシュレスでも、保護者との連絡でもかまいません。
いわゆる 4 機能を中心に、全部を一度にやろうとせず、取りかかりやすいものから始めるのが基本です。
参考になるのが、私が昨年度と一昨年度の 2 年間関わった、文部科学省の幼稚園の園務改善の調査研究事業 (※3) です。
1 年目は幼稚園や幼稚園由来の認定こども園 2か所を伴走支援し、2 年目はそれをもとに、7か所の園を支援し、全国の園で使えるガイドブック作成につなげました。
ガイドブックでは、パソコンやネット環境の有無、使っている ICT などを各園がセルフチェックして、デジタル化の程度を A・B・C で把握します。そのうえで、C の園はいきなり A ではなく、まず B を目指す。そのための改善メニューも示しています。
文部科学省のホームページに掲載されていると思うので、こうしたものに沿って進めるのがいちばんスムーズでしょうね。
※3 吉田氏が関わった文部科学省の調査研究事業の資料は、こちらからご覧いただけます(文部科学省ホームページ/PDF)。
―園長が ICT を入れたくても、職員の理解が得られるか不安だという声もよく聞きます。
基本は成果をもとに話をすることです。
多くの職員は慣れたやり方を変えたくないし、かえって面倒で時間もかかると思っている。取り組みやすいところでそうではないと示し、風穴を開けないと意識は変わりません。いっぺんに ICT 化するのは難しいと思います。
そういう園では、園長も職員にうまく説明できず、職員も納得できないことが多いでしょう。百聞は一見にしかずで、手間のかからないことを ICT 化して「やっぱり便利だよね」「自分たちにメリットがあるね」と実感してもらい、だんだん広げていくしかないでしょうね。
たとえば、私の伴走支援で特に効果があったのが、AI レコーダーを使った会議録の作成です。
それまでは 30 分から 1 時間の会議の後、メモをまとめたり録音を文字に起こしたりして、時間をかけて議事録を作っていました。AI レコーダーなら数分で概要とポイントがまとまり、人のメモより正確です。
データベースで共有したり全職員に配ったりすれば、会議に出られなかった職員も、何が話し合われ、何が決まって何が決まっていないかがすぐわかる。手間も時間も減り、情報共有の面ではっきり成果が出ます。
もちろん、「うちの会議は意見出しが中心なので記録は要らない」という園もあります。
すべての園に共通することは多くないので、丁寧にやり取りしながら進めないといけません。本来はそうした伴走支援があるといいのですが、全国の園を支えるほどの人的体制はないので難しいのが現状ですね。
保育の質は、最後は「子どもの姿」で
―最後に、吉田さんが今、関心を持って取り組んでいることを教えてください。
「保育の質」はここ数年ずっと言われていますが、掛け声のようになっている面もある。
何をもって質が上がったと言うのか、どうすれば上がるのか、エビデンスは何か。最後は子どもの育ちの姿そのもので勝負するしかないので、きれいごとではなく実際に質を上げるために何をどう考えるべきか。そこに関心があるんです。
会員制のウェブでの情報提供や頼まれて主催しているいくつかの研究会に加え、この 4〜5 年はいくつかの社会福祉法人で質を上げる仕組みづくりに取り組んできました。
多くの園を対象にするのは難しいので、まずは実際に変えていける園に絞って具体的な取り組みを進めているところですね。
―保育の質は、何をもって測るのかも難しいテーマですよね。
難しいです。ただ、入園から卒園までに子どもが明らかに育つ面はあり、その記録は残せます。
10 年、20 年後にさらに芽を伸ばす面もあるので、長期的な成果は欧米のような大規模縦断調査でしか確かめられません。ヘックマンが示した「質の高い保育を受けた子は 30 歳時点の収入が高い」といった結果がそうです。
それでも、人見知りだった子が自分の意見を言えるようになった、友達と関われるようになったなど、卒園の時点で把握できることもあるので評価は可能だと思っています。
ですから、保育の質を測るものは最後は子どもの育ちの姿しかないと私は思っています。
「構造の質」や「関係性の質」も大事ですが、それがすなわち質ではない。質を高めるのは子どもの育ちのためですから、いちばん見えにくくても、そこに焦点を当てるしかありません。
園庭は広い方がいいけれど、広ければみんな育つわけではなく、狭いなりに工夫した園の方が子どもが育つケースも現にあります。
最後は子どもの姿で勝負するしかないと思っています。
取材を終えて
吉田氏の話に一貫していたのは、ICT そのものからではなく、園が何を大切にし、生まれた時間を何に使うのかから考える、という順番でした。ICT 化が避けられない流れだからこそ、自分の園に合った進め方を選ぶことが大切になりそうです。
吉田氏は、2026 年 11 月 19 日・20 日に東京都立産業貿易センター浜松町館で開催される「保育博2026」にも登壇予定です。
▼登壇セミナーの詳細
日時:11 月 19 日(木)12:00~13:00
テーマ:保育の DX×AI 新時代~国の最新動向と次代に備える園経営~



